最高裁判所第一小法廷 平成7年(オ)1730号 判決 1998年10月22日
和歌山市黒田一二番地
上告人
株式会社東洋精米機製作所
右代表者代表取締役
雑賀慶二
右訴訟代理人弁護士
安原正之
佐藤治隆
小林郁夫
東京都千代田区外神田四丁目七番二号
被上告人
株式会社佐竹製作所
右代表者代表取締役
佐竹覚
右訴訟代理人弁護士
池田昭
右当事者間の東京高等裁判所平成六年(ネ)第三三七五号特許権侵害差止等請求事件について、同裁判所が平成七年五月一八日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人安原正之、同佐藤治隆、同小林郁夫の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大出峻郎 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)
(平成七年(オ)第一七三〇号 上告人 株式会社東洋精米機製作所)
上告代理人安原正之、同佐藤治隆、同小林郁夫の上告理由
原判決は、特許法第七〇条第一項の規定の適用を誤った法令違背があり、ひいては理由不備ないし経験則違反の違法がありこれは判決の主文に示された判断に明らかに影響するもので破棄されるべきものである。
一、原判決は、本件特許は水溶液を添加する部位につき多孔壁除糠精白室内に限定されない旨判示するが、その解釈は誤っている。
本件発明の出願明細書(乙第八二号証)の特許請求の範囲には、「白米を多孔壁除糠精白筒精白室により更に精白して精白度を進行させる過程において、その白米中に水または塩水その他水溶液を添加し」と水溶液添加の位置を特定している。同特許請求の範囲にはつづいて、「直ちに精米を行う」と明記してあり、本件特許は米粒に水分添加後、直ちに精米を行い米粒表面に付着した水分を含水糠にして排除させ、米粒内質に吸収浸透させない除糠方式であり(甲第一号証本件公報二頁左欄九行乃至一八行)、従ってその為には、米粒に水分が添加後直ちに精米を行う必要があるから、それを達成する為には多孔壁除糠精白室内の米粒に水分添加する以外にありえないものである。
ちなみに、被上告人は本件特許無効審判特許庁昭和六〇年審判第二三九八七号答弁書においても、「水溶液を添加し、直ちに精米を行う」と主張し(乙第三号証三頁一〇行乃至一一行)「本件特許発明は、・・・・・最終仕上げの過程直前の高白度米に直接加水して表面処理を行うこと、及び添加水分をなるべく短時間に精白に利用し迅速に精白室外に糠と共に排除する」と主張し(同三頁 行乃至二〇行)、さらに同審判答弁書の六頁一一行乃至一四行に「甲第一号証(註本件乙第四号証)記載のものは、水分の付与が第一精米機から第二精米機への移送中に行われるものであって、水分の付与後、直ちに精米が行われるものでない」と主張しており、乙第四号証(審判事件の甲第一号証)の如く精米機を二段連設した噴風除糠式高速精米機の第1高速精米機と第2高速精米機との間に配置した移送機に水分供給管aを開設し給水するような構造は、本件特許発明の「白米を多孔壁除糠精白室により更に精白して精米度を進行させる過程において水溶液を添加する」ものではなく、「直ちに精米を行う」ものに該当しないことを被上告人自らが主張しているわけである。即ち、本件特許権者自らが「直ちに精米を行う」ことが出来ない精白室以前の行程で水溶液添加をするタイプ(イ号もそれに該当する)は本件特許とは異なると言明しているのである。又、本件特許の特許請求の範囲の「水溶液を添加し、直ちに粒と粒との相互摩擦作用による精米を行うと同時に、前記多孔壁を通じて急速に除糠除水を行い・・」の文意からしても、「水溶液の添加↓直ちに粒と粒との相互摩擦作用による精米↓同時に除糠除水」のパターンが展開できるところは多孔壁除糠精白室をおいて他にあり得ないことは自明である。従って、本件発明では水分添加の部位は多孔壁除糠精白室内に限定しなければならないのは当然であるのに、それに限定されないとした判断は誤りである。
二、また原判決は、本件公報記載の給水管は二方向にわかれ、切換弁の一方は精白室内入口に他方は給米口5に水分を供給する構成となっている実施例図第一図を根拠に本件発明における水溶液の添加は多孔壁除糠精白室に限定されないとする。
しかし原判決の理由は、本件公報の実施例図として記載されている第一図から、特許請求の範囲である多孔壁除糠精白室を解釈するものであるが、実施例図として示された図面の全部が本件発明の実施例として認められるかについては、慎重に検討すべきである。
本件発明の実施例図に給水管の一方が給米口5に給水されるような記載があるとしても、給水管の他方は多孔壁除糠精白室に給水するように記載されていて、本件発明の特許請求の範囲の構成である「多孔壁除糠精白室により更に精白して精白度を進行させる過程において、その白米中に米量に対し〇、一~二%の水または塩水その他の水溶液を添加し」との記載との整合性からすると給水管の一方が給米口5に給水される構成は、多孔壁除糠精白室による精白の前過程での水溶液の添加であって発明の明細書にこのような場所での水溶液の添加は本件発明の水溶液の添加位置を示す実施例とは認め難く他の目的のため利用される付加的構成で単なる参考図にすぎないと理解すべきである。
したがって給米口5も多孔壁除糠精白室に含まれると理解するのは、許されないと言うべきである。
判例は、発明の要旨の認定にあたっては「特段の事情がない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてなされるべきである。特許請求の範囲の記載が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。」とされている。(最高裁平成三年三月八日第二小法廷判決、民集四五巻三号一二三頁 昭和六二年(行ツ)第三号審決取消請求事件)。
原判決は特許法第七〇条の適用を誤りかつ上記先例に反し、上記のような特許請求の範囲の記載があるにも拘わらず、特許請求の範囲を誤認し明細書添付図面に記載された給水管の一方が給米口5に水分を供給する構成にとらわれて技術的範囲の認定を誤った違法がある。
三、また原判決は、被上告人の審判答弁書(乙第三号証)において引用例である審判甲第一号証(本件訴訟の乙第四号証)に対して起した「甲第一号証記載のものは、水分の付与が第1精米機から第2精米機への移送中に行われるものであって、水分の付与後直ちに精米が行われるものではない」との主張は、本発明について水分を精白室において添加する構成に限定しているとの主張と認められない、とする。
しかし少なくとも上記のように審判答弁書は審判甲第一号証(本件訴訟の乙第四号証)は「水分の付与が第1精米機から第2精米機への移送中に行われるものであって」との説明及び「水分の付与後直ちに精米が行われる」との説明により、本件発明と引例と異なることについて答弁しているのであるから、本件発明は移送中の白米に対し水分添加するような構成ではなく、精白中の白米に水分を添加するような構成であること自ら明らかにしているというべきである。
また乙第三号証の審判答弁書においては、引用例である審判甲第二号証拠ないし審判甲第四号証と本件発明との共通点として「精米作業において米粒に水を添加する点」(乙第三号証八頁一行目)をあげていることからしても、精米作業即ち精白作用を担っている場所である多孔壁除糠精白室内の白米に直接水分添加する構成に限定しているものである。なおこの精米作業というのは、減縮訂正した「粒と粒との相互摩擦作用」を指していること明らかである。
また米粒の精米機及び精米途中おいて水溶液を添加する構成は、既に公知技術であるところ(乙第五号証乃至同第七号証、乙第一二号証、乙第一三号証、乙第一五号証、乙第一六号証)、更に水溶液添加の方法及び場所に関する発明について、本件発明の発明者は、本件特許権の出願日と前後して出願した他の発明につき被上告人自身多数の特許権を得ている(乙第五五号証拠乃至同第七九号証)。
これら公知技術及び本件発明の発明者の他の特許権と矛盾しないよう本件発明を合理的に理解すれば、本件発明の水溶液添加をする部位は、多孔壁除糠精白筒内に限定されるというべきである。
四、原判決は、経験則に違反し誤った判断をなしている。原判決は、「多孔壁除糠精白室により」というのは、「六分搗き以上の精白度の白米を」「更に精白して精白度を進行させる」ための精白方法の大枠を規定するものであって、装置の場所を限定するものではない、とする。
1、しかし、文理解釈としても本件発明の「白米を多孔壁除糠精白室により更に精白して精白度を進行させる過程において、その白米中に米量に対し〇、一~二%の水または塩水その他水溶液を添加し」とかうのは、水溶液添加の部位及び方法を規定した文言である。
特許法第七〇条第一項にしたがい本件発明の構成を解釈すれば、白米を多孔壁除糠精白室(多孔壁除糠精白筒精白室)により更に精白して精白度を進行させるのであるから、「多孔壁除糠精白室により」という文言は多孔壁除糠精白室の入口から出口までの間であると解すべきである。また「更に精白して精白度を進行させる」という文言は、多孔壁除糠精白室においての精白(即ち粒と粒との相互摩擦作用)を行う過程において水溶液添加を行なうものであるから、明らかに水溶液添加の部位を明言しているものである。
更に本件発明は、水溶液添加により米粒面は水でベタ付く程度即ち米粒表面の細胞が水で一〇〇%飽和に近い状態になるのであるから、水溶液の量も調湿と異なり、水溶液の添加量も白米が瞬時に一〇〇%飽和になるよう多量に添加するが、内質に水分が浸透しないよう短時間処理を可能にするため、水溶液添加の場所を「多孔壁除糠精白室」と規定しているものである。
加えて本件発明の「更に精白して精白度を進行させる過程において」との構成要件中精白作用については、後日訂正審判請求により粒と粒の相互摩擦作用による精米(精白と同意)と訂正したのであるから、「精白度を進行させる過程」というのは精米を行う過程であるが、その精米については粒と粒との相互摩擦作用による精米であると、特許請求の範囲を減縮した経過からすれば(明細書審判請求の要旨(3))、精白度を進行させる過程即ち精米中において水溶液を添加させると理解すべきであるから、本件発明の特許請求の範囲にある「多孔壁除糠精白室により」とは、水溶液添加の部位を示しているものである。
原判決の解釈は、本件発明の特許請求の範囲の記載を逸脱しており、誤りである。
2、ところで精白室は、精白室内において米粒を摩擦撹拌させるため通常突条(イ号では突脈68)のある精白転子(本件発明の場合実施例の番号3、イ号では番号24摩擦撹拌転子)と、米粒相互間に摩擦を生じさせるため(相接触する一方の米粒群は強制的に回転を止められているが、他方の米粒群は回転するため米粒相互間に摩擦が生じる)、精白筒の断面を円筒ではなく米粒群を止めるブレーキ作用を有するよう六角形状(イ号第五図、八図23参照、乙第八〇号証番号24金網、同第六二号証の多孔壁精白筒16、同第七二号証の給風壁、同七四号証の第1図精白室6参照)とする必要がある。一方、送穀室は、精白室内に米粒を送り込む機能だけで、米粒群は低密度であり、ここで精白作業を行うわけではなく、業界でも「精白室」と「送穀室」とは明確に区別されている(乙第一八号証乃至同第五四号証)イ号の送穀室も同様に、断面円筒形で内面が滑面に構成されているため(イ号第八図16筒体)精白室のようにブレーキ作用がなく、螺旋転子25が回転しても米粒群は低圧状態で螺旋転子と共に円筒内を滑りながら回転するのみで粒と粒との相互摩擦作用は勿論何らの精白作用をも有しない。
被上告人側も精白室と送穀室を区別し、精白作用は精白室(精穀室)でのみ行われるとしている(例えば、乙第一九号証の精穀室と送穀筒、乙第四〇号証精米機6、乙第四四号証の横軸精穀機の構造説明、送穀筒4と精白筒9)。
なおイ号の送穀室の螺旋転子の一部のピッチを長くしたのは、撹拌作用により粘土糠の形成を効率よく行うためであり、搗精作用を行うためではない(乙第二号証一欄一八行以下)。
したがって単に米粒を移送する作用のみを有する送穀室は、多孔壁部を設け精白作用を行う多孔壁除糠精白室とその構成作用を異にする(送穀室と精白室とを区別している技術として乙第一八号証乃至同第五四号証が存する)。従って送穀室において水溶液を添加しても本件発明の「直ちに精米を行うと同時に前記多孔壁部を通して急速に除糠除水を行う」ことにはならず、本件特許の構成を欠くものである。
原判決は、最高裁判所の左記判例にも反し、経験則に違反するか、理由不備の違法がある。
(最高昭和五〇年一〇月九日第一小法廷判決・昭和四九年(オ)一七五号判例時報八〇四号三五頁)
判示事項
「耕転機に連結するトレラーの駆動装置」の登録実用新案における耕転機とトレラーとを結合する結合ピンが、イ号物件においては着脱ピンに当たるにもかかわらず、特別の理由を開示することなく、耕転機能とかかわりのない部分までも耕転機とし、これを前提として垂直伝動軸、旋回支体が右考案の結合ピンに当たると判断した判決は、経験則に違反するか、又は理由不備の違法があるというべきである。
五、原判決は、本件発明の水溶液の添加方法は直接添加するとも間接的に添加するとも特に限定されていないとしている。
1、しかし本件発明の特許請求の範囲には「その白米中に・・・水溶液を添加し」と記載している事実、また公報には「本件発明は最終仕上げの過程直前の高白度白米に直接加水して」(甲第一号証公報二頁右欄一六行ないし一七行目)と記載されている事実、また乙第三号証(審判答弁書三頁下から四行目乃至三行目)には、本件発明の特徴として「最終仕上げの過程直前の高白度米に直接加水して表面処理を行う」との記載からしても、本件発明における水溶液添加は米粒に対し直接添加する場合に限定されるものである。
原判決が、これら明確な記載事実があるにもかかわらず、それを全く無視し水溶液添加の方法を無限定であると解釈したことは経験則に違反し技術的範囲の認定を誤った違法がある。
ちなみに本件発明の発明者が出願した他の公報である乙第五五号証乃至七九号証は、多孔壁除糠精白室に加湿装置を設けた構成が記載されているが、何れも白米に直接水溶液を添加する方法であり、本件発明同様間接的水溶液添加については一言も触れるところがないのは、発明者自身糠を利用した間接的水溶液添加について全く予定していないからである。
2、これは本件発明の除糠精白作用は、水溶液添加により一〇〇%飽和に近い状態を作り、直ちに粒と粒との相互摩擦作用により軟化した米粒の表面を糠として除去するには、水溶液を米粒に直接しかもベタ付く程度添加するしかないからである。それは間接的に加水していたのでは、到底それらの作用が得られないからである。以上述べたとおり、本件特許は「直接添加」が必須要件であること明白である。
3、これに対しイ号の水溶液添加は、送穀室内周面の糠玉に対して行われ粘土糠を形成し、精白米及び粘土糠が共に精白室に送られると粘土糠が精白米間に介在するので、粘土糠が米粒の表面についている白糠を吸着させると共に粘土糠により米粒を研磨する方法である。
従ってその間に粘土糠の水分が米粒へ移行するのは、ほとんど微々たる量にしか過ぎず、本件発明のように多孔壁除糠精白室内の白米へ直接大量の水溶液添加をして表面を軟化した米粒同士が直接接触する相互摩擦により軟化させた部分を糠として除去する方法とは、根本的に異なるわけである。従って、両者の発明思想は全く異なるものである。
六、原判決は、上告人が乙第九二号証により被告製品(イ号)の第3精米部の構成を写真を付して説明した、被告製品の採用している潤糠方式の説明を誤認し誤った判断を示している。原判決は九丁表五行乃至一〇行に
「しかしながら、成立に争いのない乙第九二号証によれば、控訴人の主張するいわゆる潤糠方式は、送穀室内に米粒群が存在する状態において加水ノズルにより米粒群に向けて加水し、加水された水は米粒群にかかって後遠心力によって飛散し、送穀筒内壁に付着し、糠と混じり合い粘性の高い粘土状の糠となり米粒群とともに精白室内に送り込まれる方式と認められる」
と判示する。
1、しかしながら、乙第九二号証の被告製品(イ号)の加水についての説明には「加水ノズルにより米粒群に向けて加水」するとは一言も云っていないし、これを推認している何等の根拠も見当たらない。乙第九二号証の加水についての説明は、次のとおりである。
<1> 1頁1、イ号第3精米部の構成の写真1の説明では、「又送穀筒には給水管(2本の黒い管)が送穀筒に接線状に取付けられている。」
<2> 8頁下から2行乃至第9頁10行
「送穀筒内の接線方向に加水された水は多少米粒群にかかっても、遠心力で飛散し、送穀筒内に注水されることになりそこには次々と付着する糠(送穀筒内周面は糠が付着しやすい条件が多々あるので)と混じり合い、こねられるので、粘性の高い粘土状の糠となり、米粒群と共に精白室内に送り込まれ、その粘性の高い粘土糠が米粒表面に付着している糠粉を吸着して精白筒の多孔より排出される。それがいわゆる潤糠精米なのである。
従って、米粒表面はよく除糠されている。しかも、潤糠方式では添加された水分は、一旦、送穀筒内壁に付着しつつある糠に吸水され、その吸水糠(粘土糠)が米粒に触れるので、米粒への水分移動は極めて微量且つ緩慢となり、その結果、米粒の含水率はほとんど変化しないから米粒表面に亀裂が生じない。」
である。
即ち、乙第九二号証の被告製品(イ号)の加水装置は、写真1のように給水管(2本の黒い管)が送穀筒の周縁に接線状に取り付けられており、送穀筒内の接線方向に加水するもので、米粒群に向けて加水するようになっていない。
2、 被告製品の給水管が送穀筒周縁の接線方向にむけられていて、米粒群に向けて加水するようになっていないことは、被告製品の重要な特徴であり、本件訴訟の対象を特定した物件目録にも明確にその構造が記載されており、被上告人もこのことを争ってはいない。物件目録添付図面第7図には送穀室92、92'の周縁の接線方向に向けられた加水ノズル54a、54'aが記載されており、構造の説明3、(第三精米部C)には、
「第三精米部Cの撹拌室93、93'(被告B主張)と送穀室92、92'とに跨るように臨ませて(第六図乃至第八図に示す)加水ノズル部51、51'を設ける。すなわち加水ノズル部51、51'において、先端に細孔を有する加水ノズル54a、54b及び54'a、54'bを外部より通孔52a、52b及び52'a、52'bを介して撹拌室93、93'(被告B主張)及び送穀室92、92'周縁の接線方向に差し込み、取付体53、53'に固定する。」
と説明されていて、被告製品は「加水ノズルにより米粒群に向けて加水する」構造にはなっていない。
3、乙第九二号証には被告製品の送穀筒に接線状に取り付けられている給水管(1頁写真1及びその説明)の取り付け位置を変え、本件特許の実施例のように精白室内へ水分を添加する状態とした場合(10頁写真13及び11頁その説明)と、給米口から水分添加をする状態とした場合(11頁写真14及びその説明)とを比較のために示してある。これらの場合は、給水管(加水ノズル)は流下する米粒群に向けられているから当然に米粒群に向けて加水することになるが、この実験は、給水管を送穀筒に接線状に取り付けた被告の製品の送穀筒加水方式と本件特許発明の実施例と同じように精白室内へ水分を添加する精白筒加水方式との精米効果除糠効果の違い、或いは給米口から水分を添加する給米口加水方式との精米効果除糠効果の違いを証明するために、給水管の取付位置を変え、水分添加場所を変えて行った実験であって、通常の被告製品が「加水ノズルにより米粒群に向けて加水」するものでないこと明瞭である。
原判決は証拠認定の経験則に反し、理由不備の判断をしており破毀されるべきである。
七、イ号は、本件発明とは、別異の発明思想に基づく上告人が有する特許権(乙第二号証及び乙第八一号証)の実施品である。
ところで原判決によれば、本件発明は水溶液添加の部位につき精白室に限定されず送穀室も含まれるうえ、水溶液の添加方法は直接、間接の両者を含むと判示するが、この判断からすると、乙第二号証及び同第八一号証の発明は特許庁においてその登録を拒絶されているはずである。
しかし乙第二号証及び同第八一号証が特許として登録されていることを考慮し、本件発明との関係において合理的に解釈するならば、乙第二号証及び同第八一号証の構成は、本件発明の技術的範囲に含まれないというべきである。
これに関し乙第二号証は、同公報に引用(乙第二号証第一欄一八行、一九行)されている特願昭六一-六八二〇五号(乙第八一号証)と同一の精米方式である潤糠式精米装置であるが、本件発明のように精白室において白米に直接溶液を添加する方式との構成の差異が認められて特許権を得たものである(乙第八一号証三頁の表-1及び発明の効果参照)。従って異なる技術思想の本件とイ号に抵触問題など生じるわけがない。
まして本件特許は、その出願日より、はるか以前から「多孔壁除糠精白室内に水を供給する」技術(当然本件特許同様の作用効果が生じる)が存在し(例えばて第二四号証)、従って無効の疑かすらもたれ、しかも加水精米の欠点が未解決の本件特許と、それを解決した潤糠方式の発明が同列視されることがあってはならない。
八、原判決はイ号において米粒が第三精米部Cを通過する時間は一八秒程度であるから、本件発明の「直ちに」及び「急速に」の要件を具備すると認められる、と判示する。
しかし、この判断の基になったのは、本件公報二頁左欄三六行乃至三八行の「本発明は・・・せいぜい二〇秒内外の短時間処理なので」の二〇秒内外の時間を、本件発明の「直ちに」及び「急速に」の時間と思い違いをしているからであろう。
本件発明の「直ちに」及び「急速に」はそのような長時間を指していないのは、例えば「直ちに」とは「直ぐに」の意であるし、「急速」の意も到底二〇秒も指していないこと明白である。即ち本件発明の処理時間の内には、水分添加後、「直ちに精米」をし、「急速に除糠除水」をした後、公報二頁左一八行乃至二一行に「湿潤状態の米粒面を粒と粒との相互摩擦により滑面に仕上げ白米粒面に強度の光沢を帯びさせる」とある如く、湿潤状態の米粒面を米粒同士で擦り合わせて準軟化状態の米肌をなでつけて滑面に仕上げる処理時間をも含む(約二〇秒はほとんどその時間とみられる)のであり、決して二〇秒の時間が「直ちに」「急速に」だけを指していないのは自明であり、「直ちに」「急速に」の時間は二〇秒よりはるかに短いものであること自明である。
従って本件発明の処理(大部分が湿潤状態の米粒を粒と粒との相互摩擦により滑面に仕上げる)時間が二〇秒と言うことと、イ号の第三精米部Cを通過する時間が似通っていたからと言って、イ号に「直ちに」及び「急速に」の要件が具備するとの判示は余りにも当を得ていないものである。念の為に付記するがイ号には「準軟化状態の米肌をなでつけて滑面に仕上げる」工程など全く存しない。乙第十号証の写真11にその痕跡がないことでも明らかだろう。
このように原判決は、イ号の第三精米部Cにおける米粒の通過時間を本件特許の「二〇秒内外」が、「直ちに」及び「急速に」の時間と解釈して誤った判示をしているものである。
以上検討したように本件発明とイ号とは、根本的に技術思想が異なる。したがって原判決は、経験法則に違反し本件発明及びイ号の構成を誤って解釈しているので、破棄されるべきである。
以上